高松のサンポート高松で行われた、国語問題研究協議会の西日本大会の第4部会でワークショップをしてきました。
内容は一昨日にウィルあいちで行った敬語のワークショップと同じ、敬語を行うシチュエーションの創作です。
今回も全体的な所見だけ、先にアップします。
プログラムの概要は後ほど。
西日本でもプログラムの微調整はしたもののほぼ同じプログラムを行いました。
前半のウォーミングアップからどちらかというと、戸惑いはありつつもとにかくやってみるという姿勢がすばらしかったのが印象に残りました。
今回の敬語のワークショップでは、敬語を使う場面の想定をして、その中で敬語が上手使えた場合と使えなかった場合という2つの課題を与えていました。
東日本でのことと同じことですが、敬語を日常的に使うのが普通の大人の中で、今回は使わない状態での関係性の想像するということが一つのハードルになっていたようでした。
発表時にそれが敬語を本来使う場面で使わないという役割を担った人が、言葉としては敬語を使っていないのですが、身体的状態は敬意を表してしまっているという状態が起きてしまうということに、特徴的に表れていました。
敬語という人間関係のツールを使うときに身体性や敬意による裏づけが必要で、その裏づけのない敬語、つまりマニュアル敬語といわれるような敬語とは大きく違います。
今回はどちらかというとハイペースで進行出来たので、最後に振り返りの時間を設けることが出来ました。その中でも敬語を使わないということが難しいというような感想があがってきていました。敬語の中での親しさと丁寧さとの違いということもあがっていました。
敬語の用法についてはスペシャリストではないので、ワークショップ内でも文化庁の国語調査官の方にお任せしていました。
この敬語のワークショップは敬語に対しての啓蒙というよりも、人間関係の中における他者への尊敬や言葉と身体性について考える機会を作り、敬語というツールを通して人との関係を見ていく。
状況に応じた表現を用いることで如何にして人と関わっていくのかという演劇の中でも根源に近い部分を使ったものであるように思います。
日本語という言語を使ったコミュニケーションの中での身体性を見ることが、「敬語」という切り口はとてもいいサンプルにもなるということがいえると思います。