NSF 千秋楽でも大暴れ。打ち上げ済んで日が昇り。

千秋楽。無事に終わりました。
最後まで満員御礼!
ご来場まことにありがとうございました。

打ち上げも終わり、無事帰宅致しました。
座長、関根さん。
王様、キャプテン、中嶌さん。
姫、あやさん。
こんみき。まこっちゃん。
王子、綾田。
劇作家、村野。
作曲家、長谷くん。

ほんとに、みんなすごいなぁ。
自分には出来ないことを本当にいろいろとやってもらって。
感謝の言葉以外にありません。
企画・演出なんてことではなくて、本当に好きな人たちと一緒に何かを作ることだけでも幸せな時間でした。
正直、この座組みでは演出をするのは労なくやらせてもらっていて、ありがたい限りです。
Sっ気満載の魔王ぶりを発揮している僕のおかしな提案もちゃんと聞いてくれて。
しっかりフルスイングしてくれました。

うちの座組みは常にフラットな空間でした。
ダメ出しと呼ばれる時間がありますが、その時間もむしろ振り返る時間と調整の時間というような意味合いになっていて、こんだけ、フラットで自由で楽しくものが作れる場は、みんながいてこそのものだと思います。
そんな大好きな仲間と楽しく芝居を作って、上演して、朝まで芝居の話をして、次に何をやるのかってことをなんのかんのと話が出来ることは、至上の贅沢なのでありました。

昨日の帰路に、ふとなぜこういう芝居をしているのかを、よくよく考えてしまい。
なぜ、こういうわらいものを好んでやっているのか。
栄養にはならなくても、お腹がいっぱいになるものを作りたい。
そんな思いの下には何があるのだろうか。
そんなことを考えました。
きっと、自分自身のことですが、逼迫している社会の状況や環境に対しての僕個人のリアクションが今作っているものなのだと思います。
演劇の社会的な地位だったり、マイノリティとしての存在価値や意義みたいなものの証明がしたいのだと。
俳優たちとものを作ることで世の中のことを消化して、飲み込んで行こうというようなことなのかもしれません。
音頭を歌ったり踊ったりも、その一つなのだろうと思います。
舞台と客席の間で、会話のようなものが出来るものを作っていきたくて、しかもそれが簡単なことで、それをするとより楽しめるってことを知らしめたいのだと。
そんなことを思いながら、帰りの電車を降りて家に戻ってきました。

今回の公演はこれで終わりではありません。
来週、というか、今週。
いわきに公演をしに行きます。
10月5日。
La Stanzaにて、もう一回上演できることになりました。

詳報は急ぎアップロードします。

最後にもう一度。
見に来てくれたお客さんに。
そして、俳優や劇作家、作曲家に感謝。

まだまだ、続けたいな。
ありがとうございました。

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